中学教科書問題で民主・岡田克也氏に聞く
政調会長=写真=は十五日、「新しい歴史教科書をつくる会」主導による中学教科書問題をめぐり、朝日新聞のインタビューに応じた。検定中の教科書に政治介入すべきではないと直接の論評は避ける一方、「日本がしてきたこと、事実をきちんと認識し、そのうえで未来の構造を自ら決定していくことが大事だ」と、「つくる会」の姿勢に異論を唱えた。同氏は十八日から訪韓する予定で、こうした考えをメディアなどを通じて伝える。ただ、この問題には党内に様々な意見があり、党の作業チームも議論を始めたばかりで、発言は「個人的見解」としている。
――今回の教科書問題をどう見ていますか。
検定作業中なので、今は「つくる会」の教科書を論評すべきではない。議論をする資料もない。政治介入には反対だ。ただ、合格すればその後に採択の問題があり、政党として「我々はこう考える」と言うべきだろう。教育委員会は採択の材料にして欲しい。
――民主党内でも検定制度などについて議論が始まりました。
個人的には、検定制度全廃論にはやや否定的だ。子どもには自己決定能力がない。教育委員会や学校単位で教科書を選んでおり、親も個々に拒否できない。一定の価値観が伴う歴史や倫理などの科目には検定に一定の枠があってもいい。 今の制度では検定のプロセスが見えず、情報開示が必要だ。文部省は「審議委員のなり手がいなくなる」と言うが、どういう議論があったか、きちんと見えることは大事だ。 採択を教育委員会が決めるのはよいが、委員が名誉職のようになっている。責任感を持った人がやるべきではないか。
――「つくる会」をどう見ていますか。
会のホームページに「戦争に善悪はない」とある。これが教科書の原点にあるなら、違うと言わざるを得ない。国連憲章も侵略と自衛を分けており、侵略戦争はしないという国際ルールが確立している。「戦争に善悪はない」とすると、この前の戦争に対する認識も変わり、反省もなくなってしまう。 「なぜ軍部の独走を許したのか」という議論も出てこない。子どもには、なぜ戦争をしてしまったのか、きちんと教えることが欠かせない。
――検定基準には近隣諸国条項があります。
必要だが、それをわざわざ条項としなければならない事自体が恥ずかしく残念なことだ。自虐的だとか卑屈だとかでなく、きちんとした認識に立ったうえで、未来を自ら決定していくことが大事だ。 日韓関係で言えば、政治的なボールは日本にある。金大中大統領は日本の問題だとして(歴史認識を)厳しく追及していない。だからいいんだと済ませるのでなく、我々の問題であり、事実を見据えて、どう考えるのか、自らの作業としてやらなければならない。
――日本にナショナリズムに連なる気分が高まってきているのでは。
政治の混乱によると言ってしまえばそれまでだが、時代の閉そく感だと思う。石原慎太郎氏に対する人気はその典型だ。(日本人が抱える)モヤモヤを米中両国に向けることで、政治家としてうまく利用している。健全なことではない。日本人一人ひとりが、もっと内省的になり、自分の足元を見た方がよいと思う。