駐韓大使帰任─極めて重要な時期に、長すぎた大使の不在
日本の長嶺駐韓大使がソウルに帰任することが決まりました。釜山の総領事館前に慰安婦像が設置されたことへの対抗措置として、3か月前に日本に帰国したのですが、ようやく戻ることになりました。
慰安婦像を釜山の日本総領事館前に設置したことは、慰安婦問題に関する日韓合意の精神に反することであり、日本政府がこれに抗議することは当然です。他方で、重要な時期に、あまりにも長く、大使や釜山総領事を引き揚げたことは、決して褒められたものではありません。
韓国の大統領選挙が本格化するなかで、大使でなければ会えない人も当然います。そもそも、北朝鮮が何をするかわからないなかで、いざというときに、日本国政府を代表する大使が不在、あるいは、韓国にいる日本人が日本に向けて避難するときの、重要な中継地点になる釜山に総領事が不在というのは、大きな問題があると考えてきましたが、ようやく正常化されることになりました。
慰安婦に関する日韓合意を廃棄するとか、交渉をやり直すとか、そのようなことは、国と国との約束である以上考えられないことだということは、私は、2月に韓国を訪問した際、各政党の代表者に伝えてきました。
しかし、そのことと、北朝鮮の現状、あるいはトランプ政権があらゆるオプションを排除しないとしているなど、緊張感のある朝鮮半島情勢のもとで、しっかり対応できる体制をとらなければならないということは、両立させなければなりません。
なぜこれだけ帰任が遅れたのか。おそらく外務省の中にも、大使を早く戻すべきだという意見はあったはずだと思います。なかなかそれを官邸に対して言えない状況が生まれてしまっているのではないかということを強く懸念しているところです。
1. 岡田前代表がおっしゃられている通り、緊張感のある朝鮮半島情勢のもと、日米韓が協力し、しっかり対応できる体制を作らなければならないと思います。
現在、北朝鮮が長距離弾道ミサイルの開発を継続し、核実験の実施も予想される中、アメリカが、朝鮮半島近海に空母打撃群を派遣することを決定し、朝鮮半島の緊張が急速に高まっています。
トランプ政権はあらゆるオプションを排除しないとしており、報道では、アメリカが北朝鮮の核施設およびミサイル基地に対し先制攻撃を行う可能性も伝えられています。
2. ちなみに、私は、以前、アメリカの外交専門の大学院で国家安全保障と軍事技術の講義に参加した際、北朝鮮に対する空爆の可能性についてレポートを書いたことがあります。北朝鮮の核施設およびミサイル基地に対する限定的な空爆(A SURGICAL AIR STRIKE)を想定したものでした。当初、私は、アメリカ軍が有する巡航ミサイルや精密誘導爆弾、レーザー誘導ミサイルを使えば、容易に北朝鮮の核施設およびミサイル基地を破壊出来ると思っていました。
ところが、指導していただいた大学院教授から、北朝鮮に対する空爆の実施は大きな困難を伴うという指摘を受けました。教授によると、クリントン政権の際、北朝鮮に対する空爆について、すでに詳細な検討が行われたとのことでした。当時、クリントン大統領も、ペリー国防長官も、真剣に北朝鮮に対する空爆を考えていたそうです。
にもかかわらず、クリントン政権が空爆を実施しなかったのは、仮に空爆を行うと、北朝鮮の反撃により、韓国市民と在韓米軍にきわめて多数の死傷者が生じると見込まれたためでした。
実は、北朝鮮の国境地帯には、数多くのトンネルが掘られており、そこに多数の長距離砲が格納されています。仮にアメリカが巡航ミサイルや精密誘導爆弾、レーザー誘導ミサイルを使って波状的に空爆を行っても、短時間で全ての長距離砲を破壊することは不可能だそうです。その場合、北朝鮮は、空爆と空爆の間のタイミングを見計らって長距離砲をトンネルから搬出し、韓国に対し砲撃を加えるだろうとのことでした。
韓国の首都ソウル(人口約1000万人)は、北朝鮮との国境からわずか40キロの距離に位置しており、北朝鮮の長距離砲の有効射程範囲内にあります。砲撃の際、北朝鮮は、弾頭に化学兵器や生物兵器を使うと考えられており、その場合、ソウルを中心に数十万人の市民が死傷するだろうと見込まれています。在韓米軍にも、多数の死傷者が生じます。
このため、クリントン政権は、北朝鮮の核施設およびミサイル基地を無力化するメリットと数十万人の死傷者が生じるデメリットを衡量し、空爆の実施を見送ったそうです。
この状況は、現在も基本的に変わっていません。また、報道によると、北朝鮮は、すでに1000機を超えるドローンを配備していると伝えられており、砲撃と同時にドローンを使った化学兵器や生物兵器による攻撃が行われれば、韓国市民の死傷者はさらに増えるでしょう。
さらに、北朝鮮は、在日米軍に対して、弾道ミサイルによる攻撃を行うかも知れません。その場合、日本市民にも多数の死傷者が生ずることになると思われます。
したがって、軍事的な常識から言えば、北朝鮮に対する空爆は実施出来ないということになると思います。ただ、私が懸念するのは、トランプ大統領とその側近たちが、軍のアドバイスを聞かずに、あるいは、北朝鮮の意図を過小評価し、直感的な感覚で攻撃を決断するのではないか、ということです。
3. これらの状況を考えた場合、北朝鮮の問題に関しては、軍事力ではなく、外交による解決を目指すべきであると思います。そして、より大局的、長期的に、問題をとらえる必要があると思います。
すなわち、問題の根本的解決のため、長期的目的として、北朝鮮とアメリカとの間の戦争状態を終結させ、両国間の平和友好条約の締結を実現させること、そして、北朝鮮と韓国との平和的な統一を実現させることを設定すべきであると思います。そして、その上で、その実現のため、実効性あるロードマップを作成し、ひとつひとつ着実に実行して行くことが大切であると思います。
そのロードマップの里程において、重要となってくるのが、「北東アジア非核兵器地帯構想」であると思います。単に北朝鮮に対し核開発の中止を求めるのでなく、韓国や日本を含む、北東アジア全体を非核兵器地帯とすることを通じて、東アジアの平和と安定を実現して行くことが大切であると思います。
北朝鮮の核実験に対する国連安保理の制裁決議に基づき、中国は、北朝鮮からの石炭の輸入を停止しました。北朝鮮は、対中輸出の4割に相当する外貨収入を得ることが出来なくなり、外交姿勢の変化を迫られることになります。そのため、これを梃子(てこ)にして、中国、韓国、日本、アメリカ、ロシアが協力し、6カ国協議の再開と北朝鮮の参加を実現させるべきであると思います。
参照資料:
(1) “Nasty, brutish, and short—what the next Korean War will look like” by Steve Mollman, Quartz, April 10, 2017
(2) “5 North Korean Weapons South Korea Should Fear” by Dave Majumdar, The National Interest, January 6, 2016
(3) “North Korea reportedly has a fleet of 1,000 drones it can use for chemical attacks” by David Choi, Business Insider, Mar. 30