ミャンマー民主化――日本の役割は大きい
ミャンマーは私の好きな国の一つです。2007年8月に軍事政権下の同国を訪問。多くの先進国が経済協力を停止する中で、日本政府はNGOを通じたミャンマーの人々に対する生活支援を行っていました。その視察に仲間の議員とともに訪れたのです。貧しい農村で、米作りの指導や保護者に対する子どもの衛生・栄養指導を行っていた日本のNGOの活動はとても印象的でした。その時の写真を使ったポスターは、私のお気に入りで、議員会館の自室にいまも貼ってあります。
2009年外務大臣時代に東京を訪れたミャンマーのティン・セイン首相(当時)をホテルに表敬訪問し、会談を行いました。スー・チーさんの即時解放や民主的な国政選挙の実施を繰り返し求めたところ、軍人出身の首相は突然「もういいじゃないか」と立ち上がってしまいました。格上の相手に対して言い過ぎたかもしれないと少し反省。2012年に同氏が大統領として訪日された際に副総理として会談。大統領が主導して民主的な選挙が実現し、民主化が進展したことを高く評価すると発言しました。同氏は「前回ずい分議論になったが、自分は岡田さんの指摘は全て実現した」と笑みを浮かべながら述べられたことが、いまも鮮明に記憶に残っています。
今回のクーデター、昨年11月の国政選挙に不正があったことを理由にミン・アウン・フライン国軍総司令官が中心となり国家非常事態を宣言。スー・チーさん等政権幹部は拘束されました。欧米の民主国家は厳しく批判しています。他方で、中国は理解を示しています。ミャンマー国民の怒りは激化しており軍との緊張関係は高まっています。このままでは事態の悪化は避けられません。
日本はどうすべきでしょうか。日本政府は、「民主化プロセスが損なわれる事態が生じていることに対して重大な懸念を有している」、「民主的な政治体制の早期回復を国軍に対し強く求める」としています。正当性のない今の国軍中心の政府を認める訳にはいかず直接の交渉・対応は簡単ではありません。しかし、タイミングをみて民主的選挙によって選ばれた政府に戻すよう国軍側と交渉しなければなりません。日本はそれができる数少ない国なのです。まず、スー・チーさんはじめ今回身柄を拘束された人々を早期に解放させることです。その上で、今国軍が主張している選挙不正があったか否かの検証を国際的に信頼できる検証委員会によって速やかに行う必要があります。不正がなかったのであれば前回の選挙結果が尊重されることは当然です。不正があったのであれば、国際社会の監視のもとで、直ちに選挙をやり直す。これが「自由公正な選挙を実施した上で勝利した政党に国家の権限を委譲する」としている国軍に一定の配慮をしつつ、事態を安定させる道ではないかと思っています。日本外交の出番です。
コメント
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岡田先生
拝見させていただきました。
国際社会が一丸となって、必要に応じて国軍にも配慮を示しつつ、適切なデュー・プロセスを踏んだ選挙へと導くべきという御意見はもっともです。日本外交の成すべきことだとも思います。
しかし、国軍がクーデターの正当性を表明するために、「不正選挙の是正」を名目として、「かつての軍事政権復活」を実質的な目的としているのならば、国軍は選挙の正当性如何などそもそも問題としないため、国際社会による抑制力は効かないのではないでしょうか。
現に、民衆弾圧など国軍によるこの1ヶ月の行動は少なくとも不正選挙の是正という清らかな目的だけを抱いているとは言い難く、それに対して国際社会は安保理で意見がまとまらないなど足並みが揃いません。
事ここに至っては、この2月12日のブログでの御意見を更に一歩進めて、日本外交はどうすべきかを考える必要があると思料いたします。
国際政治や外交の舞台では、法の欠缺などで打ち手に困る場面もあるのは承知しています。
その上で、岡田先生が現在外相の立場ならば、実質的な解決に導き、国際社会に平和を取り戻すために、いかがなさいますか。
御教示いただけますと幸甚です。よろしくお願いいたします。
前田
(桑名市出身、東京在住)
選挙の不正を口実にクーデターを起こすという行為には、民主主義と社会主義の狭間で揺れ動くミャンマーの国体を象徴していると感じます。少し前、アメリカでは選挙の不正を訴えながら、軍隊ではなく民衆(支持者)を動かしたトランプ前大統領のことが思い起こされました。同じように選挙の不正を建前としているミャンマーは、形式的には民主主義への移行が済んでいるのでしょう。
中國はその歴史を見れば民主主義の発達する土壌がありません。王制統治では王朝の交代を繰り返し、それに終止符を打つべく強固な社会主義国家を作った中国首脳陣は、その統治機構こそが国家の安定を図る上でベストな手段だろうと考えたのでしょう。つまり大国は生ぬるい考えでは治められないと言う感じでしょうか。アメリカという大国は、イギリスから渡った人々が樹立した新天地なので、中国やロシアのような歴史のある大国とは違うのでしょう。