平成14年新春政治座談会 「小泉政治と日本の針路」(下)
「不審船事件」厳しい認識を
細川:日頃から「有事」に心の修練を
石破:抜本的な自衛隊法の改正必要
岡田:国連決定への積極関与に価値
木下:早期に有事体制を確立すべし
――奄美大島沖で海上保安庁の巡視船が不審船に船体射撃をし、沈没させた事件が起きた。これをどう考えるか。また、小泉首相は法整備などの対策に取り組む意向を示したが。
岡田 相手からの攻撃があったことを考えると、海上保安庁の武器使用は自衛権行使の範囲内にあると思う。臨時国会で法改正したばかりだがさらなる改正の必要があるかどうか国会でよく議論したらいい。
石破 今回の事案は、一歩間違えば多大の犠牲が生じてもおかしくなかったケースとして、厳しく認識すべきものだ。工作船やゲリラ対策の法整備は昨年のテロ対策特措法と同時にほとんど終えており、これ以上のものとなれば、軍隊と警察との性格の差異という根本的な問題に突き当たらざるを得ない。それを避けてきたことこそが問題であり、今年は自衛隊を軍としてきちんと位置付けた上で、そこまで踏み込んだ抜本的な自衛隊法改正が必要と考えている。また、今回の一連の対応で、現場レベルと政治の判断がどこでどのようになされたのか、それは的確であったのかを、十分に検証し、運用面の不備があれば改めるべきものと思う。
木下 昭和五十三(一九七八)年、当時の栗栖弘臣統幕議長が「法制に不備があるため、奇襲攻撃等に際して自衛隊の現地指揮官はやむにやまれず超法規的行動をとることになる。その時は、日本国民も、超法規的行動を許す気分になるものと期待している」「このままの状況を放置すれば超法規的措置をとらないといけなくなる」旨の発言を行い、これをめぐって大論争が起きた。結局、当時の福田内閣の金丸防衛庁長官はシビリアン・コントロールの観点からこの発言は不適当との理由で栗栖議長を解任した。この直後、私は栗栖さんに話をし弊紙の座談会に出てもらって真意を聞いた。
その中で栗栖さんは、「奇襲攻撃を受けたら徹底防戦に努めようというのが第一線にいるものの心構えだと思う。ここをゴマ化して通るということは、二十六万の隊員に魂を入れるか入れないかの問題になると思う。これが国防の根本」だと語っていた。要するに、その解任によって外国軍による奇襲攻撃を受ける可能性が増えたとも言える。この当時の状況と現段階ではさほど変わりないのだから、今度こそ有事法制を整備して、万全の体制を期すべきだ。
細川 「仮想敵国」という言葉は今ないそうだが、不心得な国家・民族があって、日本を少しいじめてやろうという行動をとった場合に、日本人全体がそれに対応するだけの心構えと備えがあるか。ゼロとは言わないが、私は心構えはできていないと思う。心構えは、修練しないとできない。そのために必要な準備をしたらいい。憲法第九条は変えたらいい。きちんとした軍隊を作って、日本を防衛したらいい。そして、徴兵制を作り、若者が二十歳になったら、二年か三年の間、きちんと軍事演習をやってきたらいい。
私の時代は、中学一年から大学を卒業するまで軍事教練があった。それから、みんな徴兵検査を受けて、二年か三年それぞれ軍隊に行った。そして、戦争にも行ったが。そういう訓練を日頃からしておかないと、イザという時に役に立たない。
そういうことをやると、すぐ”軍事大国化”とか”軍国主義”と言うが、そうではない。そのためには、士官学校、海軍兵学校、陸海軍大学など、特別な学校を作らなければならない。しかも、軍人が政治に参与しなければ、軍事大国・軍国主義にはならない。そこまでは、やる必要はない。
お互いが、日頃から国を守るために軍事訓練を受ける。また、社会に出てきたら、仕事をする。他国を侵略するためにやるわけではないと説明すれば、どこの国もその程度のことはやっているのだから、それでいいのではないか。
それと、憲法を改めなければならない。昭和二十一(一九四六)年二月十三日、連合軍司令部が「この憲法でやれ」といって、それを日本政府が受けた。あの時私は新聞記者だったが、いやだった。こんな憲法は早く捨てて、独立の憲法を作らなければならないというのが、私のその当時の考え方だった。
その当時にそういうことを言うと、「軍国主義だ」「右翼だ」と言われたが、今では世の中、かなり変わってきたのではないか。
この憲法は、人権が中心になっている。話が飛ぶが、対外的な国防力を持つ必要があるが、人権尊重という時、今の子どもたちの人権はどうなっているか。幼い父親・母親が、生まれたばかりの赤ちゃんを放り投げたり、もてあそんで死なせている。この赤ちゃんの声は小さいから、国民の中に浸透はしない。赤ちゃんが自分たちの身を防衛してくれと叫んでいると思える。
防衛は国家対国家の問題。もっと大事な問題は、いまの日本人社会の子どもたち、赤ちゃんたちの防衛をどうしてやるかだ。これも憲法を改めたり、それに付随する諸法規を改めなければならない。教育基本法等の問題も出てくると思うが。そういった、身近な日本人同士の安全保障を本格的に練り直して、きちっとした法体系を作る必要があると思う。
岡田 私は、今の憲法が自衛権の行使の下に侵略戦争をやったことに対する反省から出てきていることは、評価すべきだと思っている。憲法九条そのものが、分かりにくくなっているから、「変えてはいけない」という立場には立たないが、基本的には反省に立って、海外における武力行使を自ら手を縛って制限をするという考え方は、維持すべきだと思う。これからも重要なものとして、守っていくべきだという立場だ。
ただ自ら判断するのではなく、国連という場で決まったことについて、もっと積極的に関与するのはあっていいことだと思っている。そういうことで、PKO(国連平和維持活動)などへの参加について、憲法を変え、もっと広い範囲で参加できるようにすることは、価値があることだと思っている。民主党憲法調査会の「中間報告」も、そういう視点で書かれている。
石破 そこが違うところだ。あまり過去のそういうものに縛られるべきではない。海外での自衛権の行使としての武力行使は当然できるし、憲法もそれを禁じていない立場だ。
そこは、党利党略でもなく、政界再編含みでもなく、きちんとした議論を国民の前でして、国民の皆様に判断を頂くべきものだ。国民の前で問うことをしてこなかった。国民も、自分のものとして考えてこなかった。しかし、それを考えなければ生きていけないのが、二十一世紀の世の中だ。
戦前と今で違うのは、文民統制の仕組みだ。今は文民統制をしていると思っていない。今の政治家はあまりにも無知だ。シビリアンコントロールをきちんとした上で、海外での自衛権の行使は当然あり得るという立場。どうしたら国の為になるかということを、国民の前で議論することは、私は政治の責任だと思っている。それをやりたい、やらねばならないと思う。
岡田 私は、素直に憲法九条を見ると自衛隊は違憲という考えだ。しかし、それではあまりにも国として成り立たないということで、個別的自衛権だけは、長年の解釈によって、事実上認められているということ。それをさらに広げて、海外における集団的自衛権の行使とか、そういうところまでくるのはどうか。半植民地時代というか占領下にあって、憲法を変えるだけの力がなかった中で、解釈を変えたことは認めたとしても、成熟した民主主義国家としては、そうであれば憲法を変えるという選択をすべきで、解釈でそこまで広げるのは、民主主義国家としての実質をなくしてしまう。
石破 岡田先生のような意見は、自民党の中にもある。私みたいな意見が、民主党の中にもある。ねじれと言えばねじれだ。「党としてこうだ」と決めるのはいかがかと思うが、その議論をしたら党が割れるからといって議論すらしないのはよくないと思う。
自民党の中で、我々の議論が勝っていくという努力はしなくてはいけない。「党としてこうだ」と決まり、それに従わないのであれば、党を割ってもそっちの方が国のためになる。そういう気概だけは持たなくてはならないと思っている。
改憲も視野に議論を尽くせ
石破:党内の議論に勝つことが先決
細川:改憲へ自民と民主手をつなげ
岡田国内テロ対策案を国会提出へ
木下与野党の枠超え対テロ準備を
岡田 党としては、二年前に安全保障基本政策を作って、そこで一つの合意を得ている。 それは党の八割、九割の人が認める政策だ。ギリギリに詰めたものだ。
木下 若い世代は、憲法改正ではなくて、全く新しい憲法を作るべきという声が、近年、割合と大きくなっているのが事実だ。
岡田 「押しつけられた憲法だからけしからん」という立場ではないが、時代が変わった以上、民主国家としてもそういった声が上がるのは当然だ。しかし、若い世代がどれだけ深く考えているか、本当に過去のことを理解して言っているのか、単に感覚で言っているのか、そこをやや疑問に感じることがある。
木下 今年は、憲法問題をより真剣に議論していくべきだ。それに対する法律を、日本も遅ればせながらテロ特措法を作った。米同時多発テロのような事態が、今後ないとは限らない。ある可能性が高い。それに対する準備を今年は本当に、与野党の枠を超えてまじめにやってほしいというのが、国民の偽らざる声だと思う。
岡田 そういった意味で、国内テロ対策については、昨年末にまとめて発表している。かなり内容のある提案をしているつもりだ。それを法案化して国会に出していく。
木下 それはどんどんやっていただきたい。生物・化学兵器などはある程度の研究者ならば、ちょっとお金があればすぐできる。かつてのようなイデオロギーがなくても、単なる私怨といったことでやる可能性が大いにある。
とりわけ、現代のように科学技術が発達してくると、それに伴うリアクションとしてのノイローゼも増加してくる。いい大人が、小さな子どもを平気で殺してしまうとか、お母さんが子どもを殺してしまうとか、それだけおかしな時代になっている。気違いに刃物を売るということが、実際にあり得る状況にある。そういう面においては、いろいろな法整備をきちんとして、大所高所からの議論をしっかり詰めていかなければならない。
石破 われわれの反省は、「政府が悪い。政府が悪い」と怒鳴ってばかりいた。今回のテロでも、PKOででも、結果として内閣法になったが、自民党としてはテロ特措法もPKO法も書いた。それが、妥協の産物としての法律よりは良かったと思っている。少年法の問題もそうだし、恒久的なテロ対策法もそうだが、政府を怒るだけではダメで、党の責任としてそれを法律案にまとめる。そうでなければ動いていかないし、時代についていけない。
細川 憲法を改めようと鳩山さんが言った。自民党が昭和三十(一九五五)年に自主憲法制定の必要性を綱領に書いた。この憲法だけについて、民主党と自民党とはどこが違うのか。両方とも改めようと言っている。
岡田 改めようということは良いと思うが、中身はまだこれから。中身が出てくれば、いろいろ違いが出てくると思う。
細川 民主党と自民党とでは、内容がかなり違うものになると思うか。「変えよう」「何とかしなくてはいけない」ということでは一緒だ。どこがどういうふうに違ってくるのか。
石破 自民党は自主憲法を作るということでできた政党だが、河野総裁の時に、(自主憲法制定が)棚上げになり、そのままだ。今の自民党議員の少なくとも七割から八割は、憲法九条を変えなければダメだという考え方だ。しかし、党是としてそれを世に問うというところまでは、まだ熱が高まっていない。それをやらなければならない。
私は、九条二項は要らないと思っている。そのことを党として突き詰めて議論して、国民に問うというところまではやっていない。それをもうやらないとダメだと思っている。
岡田 民主党では、そこまで具体的な議論はまだだ。この間、中間報告したところだが、まだ抽象論だ。
細川 自民党も民主党も全党一致となってこうしようというところまでいっていない、そこに行くまでに時間がかかる。だが、私は両党がそういう大問題にできるだけ手をつなぎながら、両党一致のものを作ってほしい。土井さんのところは無理だ。保守党は手をつないでいい。感覚として民主党と自民党など、お互い思想的に入り組んでいるような党は、手をつなげると思う。それか、もう一回第二次保守合同をするかだ。それは何のためにするかというと、憲法改正のために、あるいは日本の防衛のために手をつなぐ、あるいは教育の大改革のために手をつなぐ。そういう方向に歩いて行ってほしいというのが、私の昔からの気持ちだ。
岡田 私は少し違う。日本の政治を変えるには、活性化するためには、政権交代であって、大政翼賛会の道ではないと考えている。そのためには民主党が選挙に勝って政権を取ることが必要で、そういう時期は近いと思っている。自民党は、小泉総理が最後のカードで、「小泉がつぶれたから、では昔の自民党でいい」とは、有権者は思っていない。
その意味で、民主党が選挙で勝って政権を取る可能性は、高まっていると思っている。
そういう形で政権交代が行われれば、また自民党も変わるだろう。民主主義が本当に機能する形を作り上げていくのが、遠回りのようでも、実は一番大切だと思っている。
細川 自由民主党は、そう簡単につぶれないと思う。その巨大な政治勢力をひっくり返すことが民主党にできるかなあと、失礼だが思っている。理論的には、鳩山連立政権ができて、自民党が野党に下るとすると、その連立政権は非常に脆弱(ぜいじゃく)なものだ。どうしてそう申し上げるかというと、吉田(茂)さんが倒れた後、片山(哲)さん、芦田(均)さんがなった。そうすると内部分裂して、みんなひっくり返ってしまった。そういう歴史がある。理論的には、民主党の単独政権でやってほしいが。
岡田 一つは、選挙制度によって、つまり小選挙区制度によってガラッと変わる可能性がある。若い世代は、自民党より民主党がはるかに人材の層が厚くなりつつあると思っているので、何らかのキッカケで政権が代わることは十分ある。むしろ、日本のような先進国で、戦後ほとんど政権交代がないのは、そのこと自体が異常なことだと思う。国民はもっと賢明だと思う。
細川 野党第一党の民主党だから、希望に燃えて大いに働くしかないというのは理解できる。私は、ゆくゆくは一緒になったらいいと思う。
石破 憲法に関する考え方が、岡田さんと私ではこんなに違う。これはこれでいい。一緒の政党にいるのはおかしい。岡田さんが、ごく一部だと言っていたが、昨年の十一月に、「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」(代表世話人・武見敬三参院議員)を百数十人で作った。社民党、共産党を除く超党派の集まりだ。そこにおいて、今の憲法解釈はこれでいいのか、集団的自衛権を認めるよう憲法改正するという人もいるし、あるいは解釈でできるという人もいる。若手議員のかなりの部分を占めているが、それですぐに政界再編というわけではなく、自民党と民主党において、まずきちんとした党内議論をやろうと考えている。党内議論に勝つことが、まずやるべきことで、それがどうにもならないことになれば、憲法を変えようという人たち、解釈を変えようという人たちが手をつなぐこともあるだろう。
党内で理論闘争すると、党が割れるからといって、肝心な部分はあいまい玉虫色にして、とにかく別れないでいこうという体質が、自民党にも民主党にもある。その議論を堂々と挑んでいくということを、今年はやりたい。 結果としてどうにもならなければ、手をつなぐことはある。しかし、党内で議論をするというステップは飛ばしたくない。
岡田 民主党の中で、政界再編願望を持つ者は若干はいる。しかし、一期生、二期生の中には、ほとんどいないと思う。小選挙区制度だからということかもしれないが。もう 少し上のところでそういう意見のあることは認識している。しかし、党としては、とにかく選挙で勝って政権を取ろうということで、ほぼ一つにまとまっている。
木下 山積する国内外の難題に対して党利党略、派利派略を除外し、「国家と国民の幸福と繁栄を守る政治」を実現していただきたい。
――本日は、ありがとうございました。