特集ワールド/花も嵐も岡田さん――「まじめ」がまぶしくて
民主党前代表と花見をした
民主党に「春の嵐」が吹いた。偽メール問題で党執行部の総退陣が決まったのだ。その2日前、岡田克也・前民主党代表と東京・千鳥ケ淵を歩いた。嵐の前のつかの間のお花見で語った彼の言葉とは……。【小国綾子】
笑わん殿下登場
花冷えの朝、岡田さんは約束の時間きっかりに、東京・千鳥ケ淵の桜並木に現れた。意志の固そうなギョロ目。口はぐいっと一文字。咲き乱れる桜を見ても、浮かれる様子はない。聞きしにまさる「笑わん殿下」ぶりだ。「まじめ」がスーツを着て歩いている。
九段の議員宿舎から目と鼻の先にこんな桜の名所があるというのに、「花見などしたことがない」という。「桜の下で握手して回ったことはありますが」
見上げれば花、花、花。前夜の雨にも散ることなく、雨上がりの青空に輝いている。満開である。まさか2日後に党執行部が総退陣を表明するなど思ってもいな かったのだ。隣を見ると、桜を見上げる岡田さん。胸中にあるのは、一晩の雨にも耐えた花への共感か、それとも党の行方を案ずる気持ちだったのか。
「あせってはいけない」。岡田さんは淡々と言った。「大事なのは政治に真摯(しんし)に取り組み、国民の信頼を取り戻すことです。昨年の総選挙では、逆風 の中でも民主党が2480万票を集めた。政権を担える政党に育っている証拠です。小選挙区制だから議席数は大きく減ったが、これは逆もあり得ます。国民が 自民党政治の限界に気付いたら、政権が変わる。必ず変わる」。さらに桜の下で繰り返したのは、「自分たちで選んだ党代表を一丸となって支えるべきだ」とい う言葉だった。
しかし、その2日後、前原誠司代表は辞任を表明した。
「恐れず議論を」
党執行部総退陣、という「春の嵐」が民主党を襲った3月31日、岡田さんは中国・北京にいた。日中友好議員連盟の副会長として、自民党や公明党議員らとともに日本大使公邸を訪問していた時、日本にいる秘書から電話で党の一大事を知らされたという。
2日前の花見では、千鳥ケ淵の桜の下で残念そうに語っていた。「民主党の代表はみな任期半ばで辞めさせられるような形で引責辞任している。『政権を取れな ければ代表を辞める』という自分の言葉通りに辞任した私以外はね」。だからこそ「代表を一丸となって支えよう」とこの人は繰り返し説いた。これからの民主 党に今一番必要なのは「党内で恐れず議論すること」と語ったのだ。
中国から帰国後、今回の「春の嵐」をどう受け止め たか。「前原さんには、できれば9月まで頑張ってもらいたかった。しかし、辞任が決まった以上、新代表が7日に選ばれれば、それが誰であれ全員野球を実現 すべきだ。政権交代ある政治を実現することこそ、我々が国民から託された責任であり、大切なことは、その責任を果たすという一点で団結することだ」
地道にコツコツ
あせってはいけない。僕は、国民の賢明さを心から信じている。
ところで、偽メール問題で国会が混乱する中、お花見に岡田さんを誘いたくなったのは、あの「まじめ」ぶりが無性に懐かしくなったからだ。
04年、党代表に就任した時は、「まじめ」が過ぎて「堅物」「リーダーの器じゃない」とまで言われた。しかし、小泉純一郎首相の過去の厚生年金加入時の勤務実態を国会で追及し、「人生いろいろ」答弁を引き出したあたりから、「まじめ」が実力を発揮し始める。
民主党が躍進した同年の参院選のポスターのキャッチコピーは「まっすぐに、ひたむきに」。小泉首相の劇場型ワンフレーズポリティクスと対抗するのに、岡田 さんの「まじめ」は格好の武器となっていく。総選挙前にライブドアの堀江貴文被告と会いながら、話題性に釣られたりせず、「党の考えに合わない」と出馬要 請しなかったのも、「まじめ」力の功績だ。
「党代表を辞任したら、空いた時間に茶道をしてみたい」。そう語ったのは半年前。ところがそんな時間はちっともない。今国会ではテレビ中継がない時にも衆院予算委で何度も質問に立った。「党代表経験者としては異例の地道な活動」と評価する声も多い。
中でも3月2日の小泉首相との対決は印象的だった。格差論争である。のらりくらりと答弁する小泉首相に「(私の首相との)最後の議論かもしれませんから、きちんとした議論をしたい」と真正面から迫った。
「小泉さんは、格差なんてない、チャンスを与えればいい、といいます。でもね、現実には、すごく頑張ったのに報われない人もいる。運が悪い人もいる。チャンスを生かせない人もいる。政治家はいつもそのことを忘れてはいけないと僕は思う」
最近、自分が過去に小泉首相と交わした国会論戦の議事録をアジア外交や財政、イラク問題などテーマ別に整理したファイルを7冊も作った。「もう一度読み返します。小泉改革とは結局何だったかを確認するために」
確かに昨今の劇場型政治では、「まじめ」は時に無力に見える。しかし、功を焦らずまじめにコツコツ、という「まじめ」スタイルがいつか花を咲かせることを、桜の下ではなぜか信じられるのだ。
花より政治
「花より政治」に見えるこの人にも、実は大切な桜の思い出がある。それは故郷三重の自宅の庭に並ぶ3本の桜だ。
「僕は16歳で家を出た。そのころ、庭には3本の桜の木があった。当時は目立たない小さな木でね。ところが18年後、旧通産省を辞めて政治家を志し、三重 の家に戻ったら、すっかり大きく育ち、美しい花を咲かせていた。それ以来、毎年、花の季節を楽しみにしてきたんです」。妻と3人の子が暮らす自宅でのささ やかな花見が、ひそかな楽しみなのだそうだ。
桜の下であの日、最後に岡田さんのまねをして、直球の質問を投げてみた。「今、ここにいるお花見客。彼らが国民です。今、国民に一番伝えたいのは何ですか?」
岡田さんはぐいっと言葉に力を込めて言った。「まず、民主党が国民の信頼をしっかりと取り戻さなくては。まじめに政治に取り組み、地域に根を下ろしたい。 そして国民に伝えたい。政治は大事だ、と。国の方向を最後に決めるのは政治だから。今は世論が排他的ナショナリズムに傾き、政治をおもしろがる風潮もあ る。でも、僕は国民の賢明さを心から信じている。軌道修正されていくと思う。ただし、国民のみなさんにも分かってほしい。日本に時間はあまり残されていな い」
「春の嵐」の前のつかの間のお花見は、桜の花よりも、「まじめ」がただ、まぶしかった。