広島平和記念式典―核軍縮・不拡散に向けて決意を新たに
いま、広島から帰ってきました。今日は、8月6日。平和記念式典が行われました。
私は、この広島や長崎の式典に何度か出席させていただいていますが、今回は特別でした。
特別という意味は、もちろん、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長やアメリカのルース駐日大使が出席し、いままでにない式典であったという意味合いもありますが、同時に、私が日本の外務大臣として出席して、いままでと違う立場ですので、その重みを改めて感じさせられた1時間弱の式典でした。
唯一の被爆国の外務大臣として、核廃絶に向けて、この1年どれだけ努力ができたのかということを、改めて考えさせられる時間でもありました。
核の廃絶に向けて、現実的にしっかりとステップを踏んでやっていかなければいけないという思いを私は強く持っていますので、野党の時代から「核軍縮促進議員連盟」を作って活動してきました。
外務大臣になって様々なことにチャレンジをしてきました。十分とは言えないと思いますが、例えばアメリカとの対話、特に核の役割を減じることや、消極的安全保証といった議論を行うことで、アメリカが発表した核戦略態勢の見直し(NPR)において、その議論の結果が幾分かでも影響して盛り込まれたと思っています。
あるいは、G8外相会談や日中外相会談の中で、核軍縮の必要性を強く主張しました。もちろん、これはまだ成果につながったわけではありませんが、そういった主要国の外相レベルで、特に核を持っている国に対して、核軍縮の重要性について直接議論をする機会を持ったことは、将来こういった国々の軍縮につながるきっかけを作れたのではないかと思っています。
そのほか、核を持っていない国々の外相とのネットワーク。例えば、ドイツのヴェスターヴェレ外相とは、共同で、ドイツと日本の新聞に投稿しました。そして、オーストラリアのスミス外相とは、国連の軍縮のNPT再検討会議の後半で、共同で声明を出して、何とか話をまとめるようにと主張をしました。
そして、9月の国連総会の合間を縫って、10カ国から11カ国の外相が集まって、核廃絶に向けて、まずは「核リスクの低い社会」を実現するという思いで、具体的な議論を行い提言し、そして世界をリードする。そういった会合を予定しています。
いろいろなことを試みたつもりです。まだまだ、十分な成果があがっているとは思いませんが、唯一の被爆国であり、核を持たないという決意をした日本国の外務大臣として、そして、私自身のライフワークの1つとして、この核軍縮・不拡散の問題にはしっかりと取り組んでいきたいという決意を新たにした、今日の午前中の平和記念式典でした。
※ブログの動画版はこちら
唯一の被爆国の外務大臣として、核廃絶に向けて、この1年どれだけ努力ができたのかということを、改めて考えさせられる時間でもありました。
核の廃絶に向けて、現実的にしっかりとステップを踏んでやっていかなければいけないという思いを私は強く持っていますので、野党の時代から「核軍縮促進議員連盟」を作って活動してきました。
外務大臣になって様々なことにチャレンジをしてきました。十分とは言えないと思いますが、例えばアメリカとの対話、特に核の役割を減じることや、消極的安全保証といった議論を行うことで、アメリカが発表した核戦略態勢の見直し(NPR)において、その議論の結果が幾分かでも影響して盛り込まれたと思っています。
あるいは、G8外相会談や日中外相会談の中で、核軍縮の必要性を強く主張しました。もちろん、これはまだ成果につながったわけではありませんが、そういった主要国の外相レベルで、特に核を持っている国に対して、核軍縮の重要性について直接議論をする機会を持ったことは、将来こういった国々の軍縮につながるきっかけを作れたのではないかと思っています。
そのほか、核を持っていない国々の外相とのネットワーク。例えば、ドイツのヴェスターヴェレ外相とは、共同で、ドイツと日本の新聞に投稿しました。そして、オーストラリアのスミス外相とは、国連の軍縮のNPT再検討会議の後半で、共同で声明を出して、何とか話をまとめるようにと主張をしました。
そして、9月の国連総会の合間を縫って、10カ国から11カ国の外相が集まって、核廃絶に向けて、まずは「核リスクの低い社会」を実現するという思いで、具体的な議論を行い提言し、そして世界をリードする。そういった会合を予定しています。
いろいろなことを試みたつもりです。まだまだ、十分な成果があがっているとは思いませんが、唯一の被爆国であり、核を持たないという決意をした日本国の外務大臣として、そして、私自身のライフワークの1つとして、この核軍縮・不拡散の問題にはしっかりと取り組んでいきたいという決意を新たにした、今日の午前中の平和記念式典でした。
※ブログの動画版はこちら
コメントを返す