ケニア訪問報告(5.私の視点)
サハラ以南のアフリカの貧困とエイズについて、日本での関心は決して高いとは言えない。しかし、世界の経済発展の中でアフリカの貧困は際立っている。その原因であり結果でもあるのがエイズである。私たちの見たケニア・ビクトリア湖周辺の現状を報告し、皆さんの関心を喚起したい。
8月2日、私たちはビクトリア湖岸の都市キスムの病院の霊安室にいた。目の前に30以上の遺体が丸太のように無造作に積まれている。「ここで死ぬ人の半数以上はエイズが原因。いまやエイズは制御不能だ」。若い病院長は声を落とした。
病院では子ども2人でベッド一つ、レントゲンも修理代が足りず使えない。1日1㌦以下で生活する人々には、1回約150円のエイズ治療薬、抗ウィルス剤の入手も困難である。そんな中で、エイズやマラリアの犠牲者が増えていく。
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世界有数の巨大なビクトリア湖に点在する島々には各地から漁民が集う。テラピアなど魚の一部は日本にも輸出されているという。
最初に訪れたのは人口約千人のキブオギ島。上下水道や電気はない。小学校を訪れると、黒板というより破損した黒いベニヤ板を前に、子どもたちが陽気に迎えてくれた。しかし先生の話は深刻だった。島の子どもの50%以上がエイズで親を亡くし、最近は子ども自身の感染者も増えている。貧困の中、女性による外部の漁民への売春がエイズ拡大の原因だという。
群島の最後に訪れたのがリンギッティ島。男性の34%、女性の47%がHIV(エイズウィルス)感染者だという。1泊500円のトタン小屋のようなホテルに泊まったが、夜になると売春婦が群がる。他に仕事がないなかで、漁業による現金収入を求めて集まる男たちと、その金を目当てにした女性たち。貧困の中で負の連鎖は拡大していく。
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気のめいるような話をしてきた。しかし、希望もある。ケニア政府も努力している。徐々に抗ウィルス薬が入手可能になってきた。医師のいない地域への巡回医療やHIV感染者の食生活改善運動など、日本のNGOを含む国際支援活動も活発である。現地で頑張る日本人の姿には本当に頭が下がる。アフリカでも、エイズへの取り組みが成功しつつある国が出てきたことも明るい材料である。
私たちはいま何をすべきか。エイズ予防の啓発活動も感染者治療も必要なのは資金である。6月の国連エイズ特別総会は、現在の倍にあたる年200億㌦超の費用が必要だとしたが、各国の拠出額は決定できなかった。このままでは働き手が失われ、世界の貧富の差は確実に拡大する。孤児となった子どもたちには、ストリートチルドレンや子ども売春婦の道しかない。
何でアフリカのことまでという声もある。しかし、同じ人間としての共感を持って、よりよく生きようとしているアフリカの人々を見てほしい。いま私たちが貧困とエイズの同時解決に取り組むことで、これ以上の悲劇は食い止められる。少なくとも、子どもたちには何の罪もないのだから。
2006年8月30日付朝日新聞朝刊 [私の視点]より